「新潟県中越地震に関する支援協力の報告」3
今般、新潟県中越地震に関しまして、支援協力されました会員の皆様の貴重な体験報告を掲載させていただきます。
新潟中越地震状況報告(栃尾市内 11/13〜11/14)

○巡回場所:栃尾市内
○ 11月12日の深夜に大島センター着。毛布を借りて睡眠。翌朝、同室者の顔を見る有様。
○ 13日朝、ミーティング開始直前に栃尾市に応援に行くメンバー(車付き)の募集があり、そちらに行くことにする。
○ 9:00過ぎに出発、10:00頃に栃尾市に着。「おりなす」という産業交流センターが避難所と被災住宅相談センターになっており、そこに集まっていた地元の建築組合のメンバーおよびその応援隊と合流し、建築士会から参加のメンバーは分散して班を構成。朝から相談にきた方々の住宅へ向う。
○ 13日午前中に2棟、かなり綿密に調査、確認し、持主にもアドバイス。記録は地元の建築組合の方が担当し、私ともう一人応援の大工さんといっしょに床下を覗いたり、下げ振りで傾きを測ったりといった分担。市内の中心部に近い(全体の震源から見ると、北によっている)ため、あまり被害は大きくないが、時々通り掛かりに被害のひどい家があり、もともと老朽化が進んでいたのが要因と見られる(赤紙でむりやり住んでいる人の家では、大工さん達が数人で、貫や筋交いで簡易の補強をしていた)。
○ 1件目は菅畑(市街地の南東)の奥にある二階家、老人独居。調査をしていると、娘とその息子が母親と一緒に戻ってきた。家全体が少し傾いでおり、内部の塗り壁への損傷と内外の建具が動かなくなっている状況。廊下も少し傾いており、トイレの便器と便壺がずれていて、使用すると気分が悪いとのこと。(無筋)コンクリートの基礎と周囲の地盤面に割れが見られる。外部の灯油タンクが倒れたとのことで、周囲に灯油の匂いがしていた。これらの被害の要因のひとつとして、理由は不明だが床下の布基礎に穴が空けてあることなども、構造強度を弱める上で一役買っていそうだ。このことは持主に伝え、出来れば補強をするようにというアドバイス、全体は冬期の積雪にも特段の問題はなく、春に家の歪み直しや修繕をするとよいといった内容となった。
基礎のひび割れ
(内部のトイレにゆがみ発生
地盤のひび割れ(左写真の前面)

○ 2件目は、泉(菅畑より市街地に近い)の二階家。夫婦と老人のすまい。全体に若干傾いており、建具の不具合はあるが、あまり大きな問題はない。玄関入口たたきの一部が割れており、玄関の右脇から手前側の増築部分へとつながる小規模(半階ほど)階段のところで数p程度の段差が見られる。周囲の地盤の動きが大きく、玄関から家の前面方向に伸びる地割れ線は、道路を越えて達し、無人の家などでも基礎から外れるなどしていたそうだ(現在、地域の人で応急措置)。内部は壁や建具に損傷が見られ、扉の脇に隙間があったり、動かなかったりといった状況であった。裏山も崩れる危険が指摘できる(家とはある程度離れているため、家人はあまり気にしていない様だ)。裏山からの湧水も、従来とは全く異なったところから出ているとのことであった。
土台のひび割れ多数
内部壁面には大きな横割れも

○ 午後からも2件。これらは南の山に向った方にあり、こちら側の方が色々被害が目に付く。また、7月の水害にもみまわれた地域だけに、川の修復などがまだ終わっていないところに更に被害を受けたといったことが厳しい条件に輪をかけている。
○ 3件目は、比礼の仕事場や倉庫を兼用した2階屋。夫婦で居住。旧宅は昭和50年築、新宅は昭和60年頃で、新宅側には問題はない。土台(無筋コンクリート布基礎)には柱に添った大きな亀裂が見られ、基礎をふかして増打をするかエポキシモルタル等の注入の可能性があると考えられる(本来なら鉄筋が入る方が望ましい)。玄関も床に縦に亀裂が入り、脇の壁面のタイルがかなり剥がれ落ちている。内部の浴室の床と壁の入隅が離れており、これは早急に修復して水が入らない様にする必要があることを説明。外壁の金属板がはがれており、これは老朽化のところに振動が加わった要因によると見られる。主人は、隣接の道路の振動が大きくなったと気にしており、余震が続くせいとも考えられるが、この防止のためには倉庫などとしているため壁量が少ない1階部分に、ほおづえ、筋交い(外壁側)を入れて補強するアドバイスをした。現在2階住まいが恐いため、1階の小和室に無理して住んでいるとのことで、場合によっては2階の方が安全だったという神戸の事例も説明した。
○ 4件目は、田之口(南の山古志村に向った途中)の2階屋。三世代家族。独立基礎から柱が外れている部分があり、奥の座敷に歪みが見られる。またその座敷の床がゆれる状態になっており、根太等にも問題が生じている恐れがあり、早期に床を上げて確認し、必要な補強をするようにアドバイス。2階に行く階段も上端部に割れが見られ、現在は子供を上らせない様にしていた。階段自体より階段の止め方に問題があったと思われる。
○ これらの後、「おりなす」に戻って報告。翌日9:00集合の指定を受けて長岡市の大島センターに18:00前に戻った。長岡市内での食事は、店で普通に食べられるところも多かったが、近傍のジャスコの3階が地震の被害のため内装工事中であった。
○ 翌日14日は、早く大島センターを出発し、8:40頃に「おりなす」につく。途中、昨日から目に触れる道路の様子等を観察すると、路盤のしっかりしている車道面の損傷は少ないが、それでもさらに下部の地盤の影響で完全に段差がつき道路断面が口を開けているところなどもある。埋設した管路やマンホールが突き出しているところ、そこで陥没しているところなども多く、山付きでは土砂の流出をかろうじて土嚢で止めているところもあり、長岡から栃尾までの間に数箇所は、そのための片側通行で信号が設置してあるところがあった。しかし途中の栃尾市に入ったところの小貫集落などでは、全く地震の被害が感じられず、震源から遠いこともあるが、もともとの雪国の家屋構造の頑丈さを見せ付けられた感がある。
○ 午前中は6件を精力的にまわる。昨日の経験で要領がよくなったこともあり、また下げ振りなどの手間のかかる手段は、ある程度必要に応じて使用することにしたためもある。また、人数も各班4名となり、手分けができたということもある。
○ 1件目は昨日と同じ田之口の崖上の2階屋。築30年程度。23日の本震では棟が崩れた程度で修繕をしたが、8日の余震で内部の壁が崩れてきた。外壁の金属板の下端もはずれており、これは昨日と同様に老朽化と重なっての被害と思われる。内部の階段が梁からはずれたとのことであったが、これは途中で改装をして階段の位置を変更して無理をしているためと思われる。使い勝手を優先して新しい階段室がボイド状になり、集中荷重になったと思われる。一部座敷との間を数年前に建具から壁にしており、これが今回の地震では多いに助けになったこと、階段等を移す場合にも、柱をはずしてしまうのではなく、それに替わる支えを入れないと今回のようなことになることを説明し、更に階段廻りは補強し、同時に建具部分の歪みをなおすことが必要とのアドバイス。大引のピッチも粗いと見られるため、一度床を上げて、床下を点検し、必要があれば補強するようにアドバイス。
外壁金属板下端のはずれ
内部階段の応急処置状況
(強度的補強追加要)

○ 2件目は更に南に下った西中野俣。2階屋と隣接して作業場の2階建てがある。昭和40年頃築。地割れが家の玄関から前後に伸びており、段差もついていて、これが家全体に影響を及ぼしたと見られる。作業場が赤判定になっていたのは瓦が崩れていたからで、これは補修済み(この状況で赤紙を張るのはいかがかと思われたが)。玄関のわれに伴って玄関外壁のタイルもかなりの剥落がある。表から見ると建具(アルミサッシ)がそれぞれ歪んでいるのが見られ、また家全体も若干傾いでいる。内部の床も若干傾いており、これは一部の柱が基礎から外れるなどして不同沈下状態になっているためと思われ、床を上げての点検とジャッキアップが必要とのアドバイス。屋根は丸太材の棟木を使用しているが、家人の話によると二つの建物が横揺れでぶつかったとのことで、その結果が材木の先端の新しい欠損として見られた。両棟は30p程度離れており、振幅がその程度あったということの証明になること、また地盤のひび割れにより、両棟が異なった挙動をしたことなどが推察される。
基礎(無筋)の亀裂
建物が相互接触をした原因と思われる地割れ


○ 3件目は同じく西中野俣で、老人と娘の住まいだったが、老人は福祉施設に入居したため現在女性一人。建物は地震以前の老朽化がひどく、またその傷みを直すだけの家族の生活力が無いものと見受けられた。建物本体は、かなり古いしっかりした農家住宅であり、老朽化が進んでいなければ耐久力はあったかもしれないが、実際には家全体の歪みにより、差鴨居が抜けかけ、2階の根太の一部が折れ、階段の手摺が外れ、浴室の壁面がずたずたに切られ、床も傾き、家全体も傾いでいるという状況になっている。判定は黄色であったが、相談に入った我々の判定は、明らかに赤。本人も親戚の家に住んでいるとのことであったが、この家屋を直して住み続ける力がこの家族には無いこともあり、仮設住宅に入り、新しい生活を始めた方がよいという苦渋のアドバイスをせざるをえなかった。明らかに建物の材料等はよいものが使われており、出来れば単なる解体でなく、古材バンクなどでの活用が出来ればと思った次第である。
抜けかけた差鴨居
2階根太はずれ

○ 4件目も同じく西中野俣の2階屋で三世代家族。この家屋は途中で大幅な改築を行い、それによって家屋のバランスが全く崩れている。旧宅はかなりしっかりしているが、新宅はフレームが弱く、壁量が少なく(ほとんど建具)、これに重い瓦を載せており、基礎も簡単な独立基礎で何箇所も柱からはずれた箇所が見られる(この施工は、班の大工さん達と全く首をかしげてしまうもので、地元でも考えられないという話であった)。この新宅を旧宅に無理して止めているため、そちらにも悪影響が生じ、更に主人が素人細工で全く間違った補強をしようとしているため、今後の余震で更なる悪影響が考えられる。この建物については、根本的に構造設計のアドバイスを受けて、補強対策を講じるべきというのが一致した意見であった(主人には、構造の専門家のいる工務店に相談するようにと伝える)。

旧宅と新宅のつなぎ部分の素人補強
(これは恐い)

○ 5件目は3件目の向かい側で急遽頼まれたもの。昭和27年築。束石が何箇所か転んでいるものの基礎部には大きな問題はない。梁の止め部分で込み栓が折れて外れており、上部は確認できないため、この部分が弱くなっている可能性がある。また、階段が数p浮き上がっている。これらの問題も、実は後からの増改築による影響が大きく、無理に2階を作ったことの影響が出ていると見られ、また2階部分の壁量が少なく、1階の挙動と2階の挙動にかなりのずれがあることが予測される。これについても、構造の専門家のいる工務店で内部を確認し、必要な補強をすることをアドバイス。

込み栓の折れた後
折れた込み栓端部

○ 6件目は西中野俣の大栄寺という寺で住職は常駐していない。地割れが門から本堂に向けて真ん中に通っている。土壁の門はかなり痛みがひどく、これは地元でも解体するつもりとのこと。管理している近在の人に開けてもらう。右側の庫裏にあたる旧屋は築年不明。本堂は昭和40年代。そもそも寺の本堂としての構造でなく、柱も梁も細く、その割にすべて開放に作ってあるので、かなり大きくゆれたと思われる。旧屋とのつなぎは以前は壊れていなかったらしいが、我々が行った時は全く使えない状態であり、床も多少傾き、階段も大きく上に飛び出し、屋根も損傷があるらしく雨漏りをしている。このままでは更なる崩壊が予測されるが、かといって壁を入れるといった姑息な手段では解決できそうもない。我々の結論としては、中央祭壇部の柱と梁(幸にして祭壇の上が開いているので、そこに平面的補強はかなり入れられる)を増強して固め、多少、使い勝手は悪くなるが、周囲の部屋とは切り離して、壁をある程度設けるといった内容を伝え、本格的に構造設計者の指摘を入れて実施することと、かなりお金がかかるであろうことを伝える。それでも大規模な祭事の行える本堂にこだわるかは、地元の人たちの判断によるのだと思う。
ずれて上がったままの階段ささら桁上端

○ 近傍の中野俣小学校は木造の校舎で、某サイトではもはや使えないといった感じであったが、実際に中に入った人の話しでは、一部に損傷はあるものの十分使えるとのこと。この際建て直したいという地元の意向もあるのかもしれない。
○ 午後は追加で来た2件をまわる。
○ 7件目は、市街地の近く。鬼瓦に損傷、内部は壁の剥落、はずれ、基礎のひびなどがあるものの、全体の大きな損傷はなく、全く大丈夫であることを伝える。問題は、下記の会社が来て補強を進められ、本震の後実施したが、これは補助の対象になりうるかということで、難しいかもしれないが、少なくとも補強をする前の写真を入手しておいて、なぜ必要だったかの説明をしないと無理であろうということを伝えた。我々の感想では、必ずしも必要な補強ではないと思われたが、従前の写真が無いので何とも判断できない。
会社名:有限会社レンユウ(レンユウハウジング)/代表:田中剛/長岡:0258-28-9555/本社:静岡/補強金物:ウェーブロック)=ネットでの探索では会社は存在し、金物は埼玉県の会社が作っているもので信用できるが、会社についての信頼度の情報は全く無し。
○ 8件目も市街地の近く。コンクリートの高床住宅で、雪国仕様として最近増えてきているスタイルだそうだ。上部は木造のサイディング貼。夫婦の心配は、隣接する小河川のところの擁壁が崩壊しないかということで、地下の水脈が変わったようで、道路上に水が溢れていた。建物としては全く損傷はなく、内部の家具などで病人の対応が厳しいとのことであった。擁壁は市の建設課に十分相談するように伝える。この部分は7月の水害でもやられたとのことであった。
○ 以上で終了し、東京への帰路についたのは16:00ころであった。
○ 栃尾市では最も被害がひどかったのは半蔵金という集落で、大きな土砂崩れもあり、家屋も大破しているものも多いとのこと。また、集落によっては、代表の判断で応急危険度判定をしていない地区もあり、判定員の人数もあるが、ある程度の被災地域は網羅しないといけないと感じた。また規模の大きな余震(栃尾の場合は11月8日)で被害がひどくなったものも多く、これらに対する対応をどのようにするのか、全体としては群発地震の感が強いのではないかと感じた次第である。


事後の反省、今後に向けての意見等
(災害ということに対する全体的な意見)
(1) 地震被災以降の各段階に対する対応策、対応やコーディネートをする人材、働く人材、目的と内容、そしてそれぞれの段階の相互関係や制度との関係などを明確にし、一般市民と専門家が共有すること
(2) 非常事態なのだから、これは役所の仕事(責任は役所にあっても、仕事の内容が役所の人でなければできないとは限らない)、これは被災者が自分でやらなければいけない、などと縦割り型の発想をやめること
(3) あらゆる情報が、インターネット等を通じて、かなり早く流れるようになったが、それらを集約するしくみ、その中で重要なものを整理して勝手な憶測などをふせぐしくみ、こういう時に便乗して利益を企む者への厳しい制裁措置等、情報の早い時代だからこそ必要なしくみをつくること
(4) ○○大震災と△△地震の違いとは何であろうか?わざわざ命名され、「特定非常災害特別措置法」が適用され、「激甚災害」とされた災害である。それでも「大震災」かどうかに知事がこだわらなければならないほど、被災者に対する扱いが異なっているということなのだろうか?
(5) 等々を、だれが考えるのであろうか。そこに、建築士会も顔を出して発言する必要があるのではないか?

(被災地に接して感じたことなど)

(6) 地震の強度(マグニチュードと震度階)と災害の強度は必ずしも一致しないし、災害の質は全ての地域で異なる可能性が高い。
(7) 被災地に入るべき人間に対する支援と情報提供のしくみが弱い。特に「今だれが必要か」「どういう交通ルートが使えるか、車が必要なのか」「宿泊等は何が使えるかあるいはどこから情報が得られるか」「保険その他の問題はどうなっているか」等々。ある程度復活しているまちでは、地域の物産を外部の人間が購入することも支援の一部であり得ることもある。
(8) 色々な専門家の人が見聞した情報と意見を集約したり、交換する専門サイトが欲しい(情報の質を確保するため、書き込みは許された人のみとする)。これによって、役所のサイトや地震関連等の定番のサイト、マスコミの情報とは異なる情報と意見の交換ができ、その情報を一般の人も見られるようになるのではないか。
* 例えば、栃尾では、特に家の周囲の地下水の流れが変わっているらしく、裏山の今までと全く異なったところから湧水していたり、道路の上にあふれた地下水が流れていたりなど、もともと地下水が豊富なところならではの悩みがあり、この地下水の流れの変化の追求も、地震の究明には役立つかもしれない。
(9) (6)(7)とも関連するが、その中で建築士会が果たす役割を明確にする必要がある。建築専門家の団体の中で様々な業種や職種、地域の人を横断的につなぎ、専門家としてとらえている団体として、色々な建築関係者の活動を集めて情報発進をする、また相互の調整をする役割が大きいのではないか。
(10) 木造の専門家の数が絶対的に不足している。阪神・淡路大震災では火災と数多くの倒壊家屋に対して、多数としての新耐震以前と以降が大きくクローズアップされた。今回は積雪地、山間地域として、伝統的な建造物が何とか激甚災害に持ちこたえて倒壊を免れたという姿も多い。そういう伝統工法の木造に対して、どこまでを補修するべきか、どういう修繕や補強をするべきかということを的確にアドバイスできる人材が必要と思われる。木造のための人材育成をないがしろにしてきたつけがまわってきているように思われる。
(11) 何かを判断する時に、複数の視点を入れること。複数の視点とは、単に複数の人間でなく、複数の専門分野や体験であることが必要と思われる。同じ建築分野でも設計する立場の人間とつくる立場の人間、指導監督する人間、研究する人間ではものの見方も異なる。それらを多少でも複合させた方が、より望ましいアイディアとアドバイスができるように思う。
(12) (6)以下の点や他の方々からの意見を総合して、建築士会としての震災復興支援マニュアルができることが望ましいと考える。
以上
   宮本伸子